2016年2月第二例会(第1274回)

◆◇と き 平成28年2月23日(火)12:15~    ◆◇ところ 西脇経済センタービル2F

司 会 奉仕委員会 委員長 L藤原雅彦

1.開会のゴング  会 長 L宮﨑春貴

2.国歌並びにライオンズヒム斉唱

3.会長あいさつ  会 長 L宮﨑春貴

皆さん、こんにちは。本日も例会出席いただき、有難うございます。この21日は、恒例の西脇多可高校新人駅伝競走大会でした。奉仕委員会委員長L藤原の元、多くのメンバーの皆様に、ぜんざいの炊き出しに奉仕していただき、有難うございました。来られた方からは大変おいしかったとの声も聴いています。駅伝については、皆様もよくご存じかと思いますが、男子は、西脇工業が7年ぶりの優勝、また女子は西脇工業が2位と素晴らしい成績を残してくれました。この勢いで、年末の駅伝でも頑張ってくれることを期待したいと思いますこの時期になると、よく奈良のお水取りが終わると春が来て暖かくなると言われています。奈良のお水取りは、1260年以上一度も休むことなく続く伝統行事で、 寒い冬の夜に、大松明(おおたいまつ)を持った童子(どうじ)が観客の頭上に火の粉を散らしながら舞台を回ります。 二月堂の本尊十一面観音に、東大寺の僧侶が人々にかわって罪を懺悔して国家の安泰と万民の豊楽を祈る法要です。この行法の起源については、天平勝宝4年(752)に始まり、以来一度も途絶えることなく続けられています。現在では3月1日より2週間にわたって行われていますが、もとは旧暦の2月1日から行われていましたので、「修二会」と呼ばれるようになりました。また二月堂の名もこのことに由来しています。 この行を勤める練行衆(れんぎょうしゅう)の道明かりとして、毎晩7時(12日は7時30分・14日は6時30分)に行なわれる「お松明」(おたいまつ)は、長さ約7mにもなる大松明を童子(どうじ)と呼ばれる人がかつぎ、練行衆はその松明の火を道あかりとして、二月堂のお堂へ入っていきます。 夜毎、大きな松明(たいまつ)に火がともされ、参集した人々は、「お水取り」といって、若狭井(わかさい)を囲みます。このため「修二会」は「お水取り」・「お松明」(おたいまつ)とも呼ばれるようになりました。 お水取りに続き、大松明(おおたいまつ)を持った練行衆が内陣をかけまわる達陀(だったん)という妙法があり、15日にはダッタン帽を幼児にかぶせると健康に育つという風習が残っています。おたいまつは、1日から14日まで毎日上堂されます。少しお水取りについて、話をしましたが、このような話は、L小林からして頂くのが一番だと思ったのですが・・・もっと詳しく知りたい方はL小林にお聞きください。L小林よろしくお願いします。

4.幹事報告   幹 事 L徳岡武義

5.提出議案の説明(別紙のとおり)

6.本日の議題  会 長 L宮﨑春貴

7.その他、報告事項

8.食

9.会員スピーチ  L朝井 聰

西脇市国際親善交流協会との関わり

約47年前に1人の交換学生が来西する事により、レントン市との交流がはじまりました。最初は両市のライオンズクラブ同士の交流がスタートし、1969年に姉妹都市の提携の運びとなりました。私が協会の運営委員になる平成5年末でも、中学生の交流や市民間の使節団の相互訪問が何度も行われ、交流が深められてきました。 私が協会活動に参加する切っ掛けは、同級生の勧めで前市長の来住氏にお会いした事でした。彼の言葉は「交流はしているのだけれども一部の市民に限られ、また言葉や慣れの問題があり少々堅くて、思っている交流とは異なるのだ」「もう少し一般レベルで幅広く、ソフトで和やかなものにしていきたいので協力して欲しい」という事でした。私は24~25歳の2年間アメリカの大学にいた時、一度も人種差別を受けた事もなく、大戦に対する恨み事も聞いた事もありませんでした。多くのアメリカ人の友情に後押しされて、1ヶ月かけてのアメリカ一周も体験できました。戦後間もなく日本に来て日本人と共に働き付き合った弁護士が日本人が大好きになり、帰国してから20年以上も経過してから彼の息子と日本人が同居していると知り、いろいろな形で助け船を出してくれました。その2年間に受けた数々の恩を少しずつ返して行こうと思い、活動をスタートしました。協会は市、商工会議所、企業、個人からの支援を受けながら、①レントンとの交流支援②日本語の教授(近隣で働く外国人に対して)③外国人(ATLを含む)に対するパーティー開催や相談窓口、等の活動を続けています。これからも協会の活動に対してご協力をお願いします。

10.前回のファインバンク  テールツイスター

11.本日の出席率  会員・会則・財務委員長 L稲益和貴

12.また会う日まで

13.閉会のゴング  会 長 L宮﨑春貴